本稿は、これから起業をするにあたり、ひとまずの所得(年収)目標を数百万円と想定する方を対象としています。そのような方が、会社を設立するのではなく、個人事業の開業を選択するメリット・デメリットをまとめました。個人事業と会社の違いについてはこちらをご覧ください。
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目次
個人事業の開業を選択するメリットとデメリット
一人でビジネスをスタートする際、「個人事業を開業する」「会社(法人)を設立する」この2つの選択肢で検討する方が多いはずです。
従業員を雇わずたった一人で事業を始める場合でも、会社を設立することは可能です。設立する会社の種類には、合同会社や合資会社などの選択肢もありますが、本記事では最も人気のある「株式会社」を設立するケースを想定しています。
株式会社の設立ではなく、個人事業の開業を選択した場合のメリット・デメリットにおいて、特に重要なものに焦点をしぼって紹介していきます。
メリット | デメリット |
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金銭的コストや事務的な労力をおさえながら事業を営むことができるのが、個人事業を開業する最大のメリットです。ただ、株式会社と比べると社会的に信頼されにくく、決算時期を好きな時期に決められないといったデメリットがあります。
メリット① 事務的な労力が少ない
開業時はもちろん、事業を営んでいるとさまざまな事務手続きが発生します。個人事業の場合、開業手続きが簡易だったり会計業務も法人ほど複雑でなかったりと、大きな労力はかかりません。これらを事業主本人の力だけで行うことも十分可能です。
手続き・諸業務に関する違いの具体例
個人事業 | 株式会社 | |
---|---|---|
開業時の 手続き (廃業時も同様) |
開業届を税務署に提出する | 複数の書類を作成して、それぞれ管轄の役所に提出する |
記帳・ 会計業務 |
自分で行える程度の難易度 | 個人事業よりも複雑 →基本は税理士に業務を依頼する |
事業範囲 の拡大 |
申請の必要なし | 申請の必要あり(定款変更) |
銀行口座 の開設 |
審査は不要(個人口座) | 審査が厳しい(法人口座) |
開業時の手続きは1枚の用紙を提出するだけ
個人事業は、開業届というA4用紙1枚に必要事項を記入し、税務署に提出するだけで開業できます。開業届は提出しなくても罰則はありません。ただ、当然ですが提出しない場合でも確定申告をする必要はあります。
株式会社を設立する場合は、定款の認証や登記手続きが必要です。また、作成する書類が多く手続きが煩雑なため、代行会社や司法書士に手続きを依頼するのが一般的です。
法人よりも会計業務が簡単
確定申告の際、個人事業でも決算書を提出します。決算書の作成は、個人事業主向けの会計ソフトを利用すれば簿記初心者でも自力で行えます。法人における決算書の作成は、個人事業よりも明らかに難易度が高いです。そのため、税理士などに業務を依頼するのが一般的です。
事業範囲の拡大に制約がない
個人事業では開業届に記載していない事業を始めるときでも、届け出の提出は特に必要ありません。株式会社では、定款(設立時に作成する会社の規則)にある事業内容の範囲内でしか営業活動を行うができないと定められています。定款の内容を変更することも可能ですが、この申請だけで別途数万円の税金がかかります。
銀行口座を開設しやすい
基本的に個人事業で使用する口座は個人口座なので、開設の際に厳しい審査などはありません。一方、法人の場合は法人口座を開設する際に、登記事項証明書や定款などの書類を用意する必要があります。特にメガバンクでは、小さな会社が新規の法人口座を開設するのは難易度が高いです。
メリット② あらゆるコストが低い
個人事業の場合、行政の手続きにかかる費用が法人よりも圧倒的に低いです。事業主の所得税や住民税についても、赤字の年は納付を免れることができます。また、会計ソフトの利用料金など、各種の民間サービスも個人契約のほうが安く利用できることが多いです。
個人事業 | 株式会社 | |
---|---|---|
開業・ 設立費用 (廃業時も同様) |
無料 | 約25万円 (定款認証費用・登録免許税・手続依頼料などを含む) |
変更登記の際の登記費用 | 費用がかからない (そもそも登記の必要なし) |
費用がかかる (1件につき3万円) |
会計ソフト の費用 |
約1万円/年 | 約2~3万円/年 |
税金 | 赤字だと支払う税金なし (個人事業主の住民税) |
赤字でも一定額を納税する (法人にかかる住民税) |
ネットバンキングの手数料 | 無料(個人名義の場合) | 約2,000円以上/月 |
電話回線 | 家庭用と同額 | 基本的に個人事業より高い (業者や契約内容にもよる) |
電気代 | 家庭用と同額 | 基本的に個人事業より高い (地域差がある) |
費用をかけずに開業できる
個人事業を開業するときに開業届を税務署に提出しますが、これに手数料などはかかりません。株式会社の場合、定款の認証や登記手続きに数万円の費用が必ず発生します。書類作成や手続きを代行会社や司法書士に依頼する費用も合わせると、およそ25万円はかかります。
赤字の年は所得税や住民税を支払う必要がない
個人事業の場合、所得税や住民税の金額は、確定申告をした所得によって決定されます。そのため、所得が少なければ納税額も低くなります。また、赤字になってしまったら、所得税や住民税の納付を免れることができます。
>> 個人事業主が納める主な税金
株式会社は、赤字であっても法人住民税を納付しなければなりません(均等割)。これは法人が存在している限り発生する税金で、黒字・赤字に関わらず毎年決まった金額を納めます。法人の規模にもよりますが、最低で年間7万円ほどです。
民間サービスの利用料金が低め
たとえば、メガバンクの個人口座ではネットバンキングのサービスが無料で使えます。これが法人となると、ネットバンキングの利用料として月額料金が必要になります。このように民間サービスは、法人契約となると個人では不要な料金が発生したり、プライスそのものが高くなることが多いです。
メリット③ 事業で得た売上を自由に使用できる
個人事業には「事業主の給料」という考え方をしません。事業で得た所得が、そのまま事業主の収入に直結するからです。事業用とプライベート用のお金の行き来が自由なので、事業で得た売上をすぐ生活費に充てることができます。
法人の場合、会社のお金(売上や資本金など)と代表取締役である事業主に対する給料(役員報酬)は、しっかりと分けて扱う必要があります。代表取締役の給料は、その年の売上を予想して期首に決定します。この金額は、基本的に1年間動かすことができません。
つまり、個人事業なら「今月は売上が多かったから、そのお金で来月旅行しよう」といったことも可能ですが、法人の場合はこのような柔軟性が低いということです。
そもそも、株式会社には「法人格」という法律上の人格があります(ここでの「人格」は人柄のことではなく、権利や義務の主体となる資格のこと)。これにより、会社そのものとそれを経営している事業主本人(代表取締役)は、別の人格として扱う必要があるのです。
デメリット① 社会的な信用度が低い
業種にもよりますが、個人事業のほうが法人よりも社会的な信用度が低いです。特に、BtoB(企業間の取引)の場合は、株式会社であれば取引が円滑です。ただ、BtoC(企業と一般消費者の取引)の場合、事業形態によって左右されることはそうありません。
信用度に関する比較表
個人事業 | 株式会社 | |
---|---|---|
取引先 | 取引の障壁になることも | 取引が円滑に行える |
一般消費者 | 基本的に信用度は変わらない |
個人事業主とは取引をしない企業もある
企業と取引を行う際も、個人事業では相手に信用されにくいという難点があります。昔ながらの企業などは、法人相手にしか取引を行わないところもあります。
株式会社は、煩雑な手続きや登記費用を経て事業を営んでいる分、対外的な信用度が高くなります。資本金などの情報を外部に公開をしなくてはならない事も、信用度が高まる理由のひとつです。
また、株式会社は名刺に「〇〇株式会社」の「代表取締役社長〇〇」と記載できるので、箔がつきます。個人事業でも屋号という、株式会社における会社名のようなものをつけることはできますが、社会的な信用度はどうしても法人には劣ります。
求人における信用度の違い
労働者が就職先を探すとき、個人事業者と株式会社の2つから選べるのであれば、後者を選ぶ人が多いはずです。株式会社のほうが一般的に安定しているイメージがあります。採用面においても、個人事業であることが不利に働くといえます。
デメリット② 決算の時期が固定されている
多くの事務的な労力を必要とする決算ですが、個人事業では決算時期が国によって定められています。一方、法人の場合は好きな時期に設定できるので、ビジネスの都合にあったスケジュールで決算を行うことができます。
個人事業の会計期間は、1月1日から12月31日までです。期首が1月1日で、期末(つまり、決算日)は12月31日です。新規開業をした年に限っては、開業日が期首となります。確定申告の期間についても、2月中旬~3月中旬と定められています。
法人の場合は、会計期間を自由に設定できます。これによって、通常業務の繁忙期を避けて決算の時期を設定したり、資金繰りが厳しい時期を避けて税金の申告時期を組んだりすることが可能です。
デメリット③ 場合によっては納税額が高くなる
個人事業と株式会社では、納める税金に関して異なる点がいくつかあります。ここでは、特に違いの大きい「納税額の計算方法」と「赤字の繰り越し」についてざっくり説明していきます。
納付する税金の種類について
個人事業と株式会社では、上記のように納付する税金の種類が異なります。なかでも比較されることの多い「個人事業における所得税」と「株式会社における法人税」の税率について見ていきましょう。税率は、年間の所得金額に応じて決定されます。
個人事業の場合、一年間の所得に応じて税率が決まる、累進課税制度を採用しています。そのため、所得金額が増えるにつれて支払う税金も多くなります。
法人の場合、まず会社の所得に対して比例税率で法人税が課せられます。法人税の税率は上グラフのとおり、ほぼ一律です。それに加えて、事業主本人の所得に累進税率で所得税がかかります。
ある程度の所得金額までなら、個人事業のほうが納税額を低く済ませられます。ただ、事業が軌道に乗って利益が多くなるほど、トータルでみれば株式会社のほうが節税できます。
赤字の繰り越しは3年まで
個人事業でも青色申告者なら、赤字になった年から3年間はその赤字を繰り越すことができます。翌年以降で黒字になった場合に、繰り越した赤字分を差し引けるので、その分を節税できます。
株式会社の場合は、赤字の繰り越し年数が10年と長く設定されています。この年数は、2018年4月1日以後に開始する事業年度において発生したものです。これから株式会社を設立するなら、赤字を繰り越せる年数は10年と考えて問題ありません。
個人事業の赤字繰り越し年数 | 株式会社の赤字繰り越し年数 |
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3年(青色申告をした場合) | 10年(※) |
※2018年4月1日以後に開始する事業年度において発生したもの
まとめ
株式会社ではなく、個人事業を開業するメリット・デメリットをまとめました。個人事業を開業したほうが、金銭的なコストや事務的な労力において圧倒的に有利です。「とりあえず開業してみたい」という心持ちであれば、個人事業の開業をおすすめします。
具体的なメリット・デメリットをおさらい
個人事業のメリット | 個人事業のデメリット |
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基本的には、個人事業が軌道に乗って、ある程度の収入が得られるようになったら法人化を検討するというのが、スモールビジネスの教科書的な流れです。法人化の分岐点を一概には示せませんが、一般的には年間所得500万~1,000万円とされています。
「継続的に事業を拡大していく気構えである」「大企業と取引をするために信用がほしい」というような場合は、株式会社の設立からビジネスを始めるも良いでしょう。